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「がんばろう! 東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間」抄録 0311

東日本大地震の5年目ということでTV/新聞は一斉に回顧そして今の状況を伝えている。
原発被害を中心に今なお、進まない復興が痛ましい。

40年前に5年ほど仙台に住んだので多くの被害地を訪ねたことがあり、友人の縁者には亡くなった方もおられたので物見遊山旅を躊躇っていた。
しかし翌年の2012年8月23日~26日、道新観光の「がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間」募集広告をみて夫婦で参加した時の映像一部再録です。
切ない,思いが甦ってきます。

影も形もなくなった釜石市内の「鵜住居(うのすまい)三陸鉄道南リアス線駅」跡を地元ボランティアガイドさんと視察した。    映像クリックで拡大
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駅跡の台のはるか向こうに釜石東中と鵜住居小学校が見える        以前は駅前繁華街だったc0183777_1228528.jpgc0183777_12291382.jpg
                    釜石鵜住居地区防災センターと釜石消防署鵜住居出張所の共同ビルの惨状c0183777_1538416.jpgc0183777_1538233.jpg
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花巻朝食会場「金婚漬」に掲載されていたポスター
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釜石駅前シープラザ 純米酒「海と緑と鉄の街釜石」といちご煮(潮汁に沈むウニが朝モヤに霞む野いちごに見える)を買った   
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大槌町吉里吉里港近くのバラックの中に再建されたカフェ&バー ツアーバス車中から事前注文した挽き・落としたてのコーヒーが絶品だった。c0183777_19402320.jpgc0183777_19403994.jpgc0183777_19404918.jpg
山田町道の駅 アジ2匹400円、サバ350円、とびうお2匹150円、サヨリ6匹500円旅行中なのが残念、養殖も復活してきたc0183777_19514017.jpg
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たろうちゃんハウス(宮古市田老) 近くの仮設住宅に住む方に便利な何でもありの3棟、名物の真碕ブランドのわかめを買った(復 絆 興 皆様の温かなご支援に感謝します 大きな第一歩)と印刷されたシールが貼ってある
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宮古市制作のパンフレット                                              
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上図左端中ほどの高台の6の田老第一小学校脇に立つ「大海嘯訓令碑」の文面                               

        大海嘯記念
 大地震の後には津浪が来る
 地震があったら此処に来て一時間がまんせ
 津浪襲われたら何処でも此の位い高所へ逃げる
  遠くへ逃げても津浪に追付かる
 常に近く高い所を用意して置け
       昭和九年三月  

津波モニュメントとして保存が決まった「たろう観光ホテル」・3種の防潮堤・仮設避難住宅・田老第一中学は一番最後の映像。 c0183777_443484.jpgc0183777_4435827.jpg
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宮古市制作のパンフレット
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印象に残ったボランティアの言葉

お陰さまで私どもは今は元気に暮させて頂いております、全国の皆様からご支援を篤くお礼申し上げます。
田老には3種の防潮堤防があるがこれがある為に避難が遅れたとの説もあるが少なくとも津波襲来を遅らせた効果はあった。
死者・行方不明者は防潮堤の外に家がある人や避難後に再度家に戻った人に多くが発生している。
田老第一中学では地元出身の用務員の避難マニュアルの校庭では駄目だ、山へ逃げろとの指示で全員が助かった。
田老第一中学では日頃から「自分の命は自分で守れ」との防災教育がなされているが今回も生徒自身だけでなく避難してきた老人や幼稚園児を率先誘導して山へ登り、被害を食い止めた。
この善行は数日後幼稚園児が親に中学のお兄ちゃん・お姉ちゃんに助けられたと漏らして、初めて公になった。
「海より低い場所に家を建てるな」との教訓は今回も守られず、防潮堤の外の人の被害が甚大である。
田老は今は田んぼの田に老と書いているが昔は多老だった、津波などが多いに通じ、縁起が悪いと田に変えられた。

東日本大震災における津波対策の効果に関する実態について~宮古市田老地区の報告~(財)消防科学総合センター研究員小松幸夫

田老地区の津波被害
明治三陸地震 明治29 年(1896 年)6 月15 日 人口3,745 人 死者・行方不明者数1,859 人 0.50%
昭和三陸地震 昭和8年(1933 年)3 月3 日    人口5,120 人 死者・行方不明者数911 人 0.18%
東日本大震災 平成23 年(2011 年)3 月11 日 人口4,434 人 死者・行方不明者数185 人 0.04%
(注)人口については、明治三陸地震は明治22 年現在、昭和三陸地震は昭和7 年現在(当時の残っている記録で一番近い数字)。東日本大震災は、平成23 年3 月1 日現在。

田老地区における従前からの津波対策(防災教育・啓発)
田老地区ではそもそも防潮堤は津波を完璧に防ぐものでなく、避難の時間を稼ぐものとして位置づけられ、様々な啓発を行ってきた。
特に、平成16 年に完成した津波シミュレーションでは、明治三陸津波等を想定した津波が防潮堤を乗り越えてくる映像を再現し、住民説明会等で公表された。
さらに、この津波シミュレーションを活用して、自治会などを対象にした町歩きやワークショップを行い、住民を中心としたハザードマップづくりを行ってきた。

防潮堤は、昭和8 年3 月3 日に発生した昭和三陸津波を契機に建設が進められ、昭和32 年度までに1,350mが完成した。
明治三陸津波のときの波高15mよりも低い高さは10mで、津波が防潮堤を超えることを前提として、湾口に対して直角に防潮堤を造り、沢沿いに海水を受け流す(緩衝地を設ける)ことで避難する時間を稼ぐとともに、減災することを目指した。
その後、昭和35年のチリ地震津波を契機としてつくられた第2、第3 の防潮堤は湾口に対し並行に造られ、二重の防潮堤はX字型に完成し、総延長2,433mの大防潮堤となった。
また、昭和8 年から市街地は碁盤目状の道路整備を行い、町内どこにいても山に向かって真っ直ぐ避難できるような町並みと
なった。また、交差点の隅切りにより見通しを改善し、安全に避難できるようにした。
避難路や誘導標識の整備も進め、特に近年では、停電時でも、夜間に目印になることを想定して、太陽光発電式照明灯などを整備した。
その他、昭和三陸津波から70 年目の節目である平成15 年3 月3 日に「津波防災の町宣言」を行っている。防潮堤があっても津波が越えてくるかもしれないというイメージを持ってもらうことに加え、「防潮堤等のハードにおごるな」、「教訓をいつまでも引き継いでいこう」ということを込めた内容となっている。

岩手県宮古市の重茂(おもえ)姉吉(あねよし)に建つ「大津浪記念碑」(IBC岩手放送が幾歳経るとも要心あれとのタイトルで放送し、第38回放送文化基金賞番組部門テレビドキュメンタリー番組の最高賞と なる「本賞」に選ばれた)
縦約1.5メートル、横約50センチの石に下記の文字が刻まれている

高き住居は児孫の和楽  想へ惨禍の大津浪  此処より下に家を建てるな
明治二十九年にも、昭和八年にも津浪は此処まで来て 部落は全滅し、生存者、僅かに前に2人後に4人のみ 
幾歳経るとも要心あれ

今回の大津波もこの碑の下で止まった。 

田野畑ー久慈駅間で一部開通した三陸鉄道北リアス線ワンマンカーに1時間余りの乗車体験した。
事前予告通りに3回ほど景勝地では車両を止めてくれた、予告通りトンネルが多かった。                                     途中には津波に壊された防潮堤や建物が流された跡などが数カ所残っていた。  

北リアス線の田野畑ー宮古は2年後に全面復旧が見込まれ、釜石から盛りまでの南線は時期は未定だが復旧が決まった。
復旧がどの程度進んだか2年後に再度、訪ねてみたい。                        

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復興にこれまで使った国費(NHK放送)
平成23~27年 26兆円(インフラ・街作り14兆円、産業振興・雇用の確保5兆円、原子力災害からの復興再生資金3兆6000億円、被災者支援金2兆5000億円)
財源の一部に10兆5000億円の特別増税があてられた。
今後も平成28~32年に6兆5000億円が必要な見込みで、特別増税は平成44年まで続く見込みである。
今後は想定外の事象に適宜対応するために途中での見直しも絶対必要である。

この5年で人口減少・高齢化は想定以上に進んだ。

今後は予め、最低限この町として、どういうインフラが必要か、縮小・集約できるかを考慮しておくことが災害復旧に必要である。南三陸町町長
インフラ復旧整備だけでは街は復興しない、働く場所、コミュニテイ、商業サービスこういうものもあって初めて街ができる。
行政ができること、企業にお願いしたいこと、NPO・ボランティア・町内会のお願いしたいことの3っをどう組み合わせてゆくか、これが今後の日本を作ってゆく道だと思う(復興庁 事務次官)

2016年3月10日 警察庁緊急災害警備本部発表
死者 15、894人  行方不明  2、561人  負傷者  6,152人
家屋全壊 121,805戸  半壊 278,521戸
by hoshigarasu2 | 2016-03-12 10:59 |

八丈島、2泊3日のゆったりツアー② 0305

朝のホテル                                                                       映像クリックで拡大
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大坂トンネル展望台   手前は八丈富士、奥は八丈小島
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服部屋敷跡  徳川幕府献上絹(黄八丈)御用船の船預かり船奉行であった服部家の屋敷跡であり、庭園にそそり立つ八百年の大蘇鉄は、その昔、遠く南国より流人の仕役として移植せしもの、屋敷にめぐる玉石垣は、流人近藤富蔵が設計し、海岸より流人が1ヶづつ背負い上げて築いたものといはれ、往年の服部家の繁栄の程を偲ばせ、八丈唯一の流人史跡として有名です。
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樫立(かしたて)の手踊り  東京都無形民族文化財 江戸時代の流人や漂流者たちにより伝えられたと言われる各地の盆踊りを綴り合わせて一¬連のものとしたもので各地の民謡を次々唄い踊ります
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流人のやるせない 心情を太鼓の音に託した八丈太鼓
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裏見ケ滝
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黄八丈
八丈島に伝わる草木染めの絹織物。 島に自生する植物の煮汁で黄色、鳶色、黒に染められた糸を平織りまたは綾織りに織り、縞模様や格子模様を作ったもの。
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名物の島寿司  八丈島の郷土料理で、握りずしの一種である。
寿司種を醤油主体のたれに漬けてヅケにし、砂糖でやや甘味を強くした酢飯で握りに作る。この際、ワサビの代わりに「練りがらし」(粉がらしを練ったもの)を使うのが特徴である。醤油に漬けた刺身の色から「べっこうずし」とも呼ばれる。
島に水揚げされる白身の魚を中心に、鯛(メダイ、オナガダイ、アオゼ、キンメダイ等)、マグロ、カツオ、カジキ、シイラ、トビウオ、イサキ、カンパチ等を醤油漬にして使う。
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名古展望台
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登龍峠(のぼりゅう)展望台
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夕食
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降水量 0mm、 最高気温12時 19℃
by hoshigarasu2 | 2016-03-10 12:23 |

八丈島、2泊3日のゆったりツアー③ 3月6日

朝焼け・漁船
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朝、ホテルの廊下
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くさや製造元マルダイ水産 今朝上がったトビウオ                                               映像クリックで拡大
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ふれあい牧場展望台 八丈富士の7合目から、三原山と市街地を一望。空港、底土港、八重根港が全て見えます.
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八丈植物園                                                                       映像クリックで拡大
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地魚のなめろう《「皿までなめろ」の意という》
アジ・サンマ・イワシなどを三枚に下ろして細く切り、細かく刻んだネギ・青シソ・ショウガなどと味噌を混ぜて包丁でたたいた料理。                                                       

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              ハチジョウジマクサイチゴ                                   サカキc0183777_12233287.jpgc0183777_12235033.jpg
              ヒロハケンチャヤシ                                      カナリーヤシc0183777_16144341.jpgc0183777_16113569.jpg
八丈島空港                                                                     
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降水量 0mm、 最高気温 11時 19.9℃

ホテル帰着16時過ぎ、夕食18時、翌朝食7時、ホテル出発9時過ぎと、ゆったりツアーだった。
初日は少し雨も降ったがその後は島名物の風も無く、のんびり旅行を楽しめた。
by hoshigarasu2 | 2016-03-10 12:18 |

八丈島、2泊3日のゆったりツアー①3月4日

                                                                               映像クリックで拡大 八丈島は、東京の南方海上287キロメートルに位置し、面積69.09平方キロメートルのひょうたん型をした島です。地形的には富士火山帯に属する火山島であり、南東部を占める三原山(700.9メートル)と北西部を占める八丈富士(854.3メートル)から成り立っています
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歴史民俗資料館
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陣屋跡
享禄元年(1528年)に、北条早雲の家来、中村又次郎が代官として来島し、此処に陣屋を設けた。江戸時代になると、幕府は此処を島役所とし、明治33年(1900年)には、東京府八丈島庁となり、島の政治の中心地だった。しかし、明治41年(1908年)には、島庁が他地区へ移転したため、今では、八丈島の政治文化の発祥の島庁が他地区へ移転したため、今では、八丈島の政治文化の発祥の地も玉石垣に残すのみとなった。c0183777_18135942.jpg
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ふるさと村       玉石垣と椰子に囲まれた敷地内に、母屋、馬小屋、高倉、閑所(トイレ)が移築保存されています。c0183777_20443153.jpgc0183777_20445581.jpgc0183777_204592.jpg
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小笠原タコノキ
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南原千畳敷海岸
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遊覧は4時半に終わったのでホテルの庭の蘇鉄(ソテツ)の実他を撮った。
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                   ストレチア                                        明日葉
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夕食 島焼酎「江戸酎」と明日葉ビールを飲んだ。
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47年前の11月23日大雪が降った札幌から八丈島を目指したが急な欠航で行けなかった、今回はそれを補う旅である。
by hoshigarasu2 | 2016-03-09 16:46 |

道東バスツアー ⑦ 阿寒国際鶴センター  0228

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生ウグイ撒きが始まる2時の1時間前に行ったが大きな三脚が隙間なく、びっしりと並んでいた。
今年は畑にデントコーンがたっぷりあるせいかオジロワシとタンチョウ間での餌争奪バトルもは殆ど見られない、数がずいぶん増えたカラス・トビと平年並みのハクチョウも同様にオトナシカッタ、キタキツネやエゾシカの姿は見えなかった。
熱気にあふれていたのは鳥達よりもカメラマンの方だった。
生ウグイ撒きが終わった2時35分に阿寒国際鶴センター を出発し、白糠PAで道東道に乗り、十勝平原と由仁PAでトイレ休憩の後、札幌南IC経由で札幌駅北口でバスから降り、20時には無事帰宅できた。

20時の札幌のアメダス 気温ー3.0℃ 南々東の風4.9m/s 微かに雪が舞い、積雪深は54cmだった。
by hoshigarasu2 | 2016-03-01 20:28 |

道東バスツアー ⑥ 伊藤サンクチュアリー  0228

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次の繁殖のためにする子離れのため、親が幼鳥を攻撃したり、つがい同士の求愛行動がそろそろ始まっていた。
by hoshigarasu2 | 2016-03-01 20:19 |

道東バスツアー ⑤ 鶴より見物客が多かった鶴見台   0228

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北海道は29日、国の特別天然記念物となっているタンチョウの2015年度2度目の越冬分布調査で、過去最高の1320羽を確認したと発表。
5年連続で1000羽台に達し、生息数の増加傾向を裏付けた。

今回の調査は1月25日に釧路地方を中心に25市町村150ケ所で実施し、成鳥1152羽、幼鳥123羽、不明23羽、飼育個体35羽を確認した。
自治体別では鶴居村が642羽で最も多く、釧路市375羽、標茶町177羽の順で、96.7%が釧路地方に集中していた。
一方、集中傾向にあった釧路市阿寒、鶴居村下雪裡、中雪裡にある3大給餌場での確認数は約4割も減った。

昨年10月の暴風雨で周辺のデントコーン(飼育用のトーモロコシ)畑がなぎ倒され、刈り取られなかったために畑への飛来数が増えたとみられる。
越冬分布調査は1952年に始まり、89年からは2回実施。(3月1日毎日新聞朝刊より。)
by hoshigarasu2 | 2016-03-01 19:54 |

道東バスツアー ④ 丹頂鶴のねぐらを朝9時、音羽橋から  0228

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by hoshigarasu2 | 2016-03-01 19:50 |

道東バスツアー ③ 6時台の釧路プリンスホテル17階から  0228

月齢 18.5 更待月 (中潮)
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朝6時のアメダス 気温ー12.7℃ 北北東の風 4.1m/s 積雪深14cm  地平線と水平線には霧がたっていた。
日の出時間 6時01分  昼時間 11時間08分
by hoshigarasu2 | 2016-03-01 19:40 |

道東バスツアー② 釧路幣舞橋近辺の夜景  0227

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日本初の橋上彫刻「四季の像」、幣舞橋に飾られています。

「春の像」は舟越保武氏により「若葉が萌えいずる雪解けの季節」を
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「夏の像」は佐藤忠良氏により「さわやかな風を受けて羽ばたく若々しさ」を
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「秋の像」は柳原義達氏により「迫りくる厳しい冬に立ち向かう精神と緊張感」を
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「冬の像」は本郷新氏により「寒さと冬をはねのけて春を待ち望む心」を
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それぞれ表現した彫刻です。
by hoshigarasu2 | 2016-03-01 19:31 |


極私的写真日記帳


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