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8/23~26日 がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間①-8

23日21時15分に苫小牧港をでて、昨年3月の巨大地震・津波による北三陸地域の被害・復活状況視察と遠野・浄土ヶ浜・三陸鉄道試乗・龍泉洞を見物し、各地で「食べ物・飲み物買いと飲み食い」を楽しんで26日6時に苫小牧港に無事帰着した。

昔、仙台に5年ほど住んだので東北は殆ど行っているが三陸海岸へは足を入れてことがない、憧れの地であった。
被害状況をこの目で見いてみたいとは思ったが只の物見遊山旅では現地の方々に申し訳ないと堪えてきた。
1年半近くが経過して現地も多少落ち着いてきたようだし、今回のお題目「買い出し・応援ツアー」なら許されるかと参加した。
復活も進んでいるようで参加して良かったと思います。

苫小牧→八戸フェリー8/23 21時15分 シルバープリンセス号苫小牧港発
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     8/24  八戸港外 4時16分                   同 4時26分                  4時33分着岸間際c0183777_1316246.jpgc0183777_13163684.jpgc0183777_13172769.jpg
八戸→苫小牧フェリー 8/25 22時00分ベガ号八戸港出港 
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               8/26 ベガ号6時苫小牧港着岸直前
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夏休み最後の土日含みとのことでフェリ-は往復とも超満員だったが波穏やかで揺れなかったので助かった。
by hoshigarasu2 | 2012-08-28 18:40 |

8/23~26日 がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間②-8

遠野でカッパ淵を覗き、伝承園に回り83歳の遠野物語語り部「佐々木イセさんの昔話を聞き、昼食を食べた。

カッパ淵への沿道の葉、花とホップ
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カッパ淵
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伝承園
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    佐々木イセさんの五徳と犬の足のお話
   むがしむがしあったずもな 
   むがし五徳は『四徳』と呼ばれていて足は4本だったずもな。
   その頃、犬は三本脚だったと。
   そこで神様に願かけたずもな。
   神様は「四徳は動かないで囲炉裏にいるだけだから足を一本犬にやってけろ」って言ったずもな。
   「その代わりおまえにひとつ徳を授けるから今日から五徳と名乗れ」って言ったずもな。
   んだから犬は神様から頂いた大事な足に粗相できないと大事な足を上げて用をたすんだと。
   どんどはれ。

   33度を超える猛暑の中での熱演、お年を全く感じさせない語尾まではっきりした張りのあるお声が素晴らしかった、
   満席の聴衆は大拍手でお礼した。
   この日は他に「座敷ワラシ」、「オシラサマ」、「遠野三山」なども語ってくださった。
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by hoshigarasu2 | 2012-08-28 18:30

8/23~26日がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間③-8

影も形もなくなった釜石市内の「鵜住居(うのすまい)三陸鉄道南リアス線駅」跡を地元ボランティアガイドさんと視察した。    映像クリックで拡大
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駅跡の台のはるか向こうに釜石東中と鵜住居小学校が見える        以前は駅前繁華街だったc0183777_1228528.jpgc0183777_12291382.jpg
                    釜石鵜住居地区防災センターと釜石消防署鵜住居出張所の共同ビルの惨状c0183777_1538416.jpgc0183777_1538233.jpg
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by hoshigarasu2 | 2012-08-28 18:29 |

8/23~26日 がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間④-8

花巻朝食会場「金婚漬」に掲載されていたポスター
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釜石駅前シープラザ 純米酒「海と緑と鉄の街釜石」といちご煮(潮汁に沈むウニが朝モヤに霞む野いちごに見える)を買った   映像クリックで拡大
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大槌町吉里吉里港近くのバラックの中に再建されたカフェ&バー 事前注文した挽き・落としたてのコーヒーが絶品だった。c0183777_19402320.jpgc0183777_19403994.jpgc0183777_19404918.jpg
山田町道の駅 アジ2匹400円、サバ350円、とびうお2匹150円、サヨリ6匹500円旅行中なのが残念、養殖も復活してきた
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たろうちゃんハウス(宮古市田老) 近くの仮設住宅に住む方に便利な何でもありの3棟、名物の真碕ブランドのわかめを買った(復 絆 興 皆様の温かなご支援に感謝します 大きな第一歩)と印刷されたシールが貼ってある
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by hoshigarasu2 | 2012-08-28 18:22 |

8/23~26日 がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間⑤-8

宮古市制作のパンフレット                                              
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上図左端中ほどの高台の6の田老第一小学校脇に立つ「大海嘯訓令碑」の文面                               

        大海嘯記念
 大地震の後には津浪が来る
 地震があったら此処に来て一時間がまんせ
 津浪襲われたら何処でも此の位い高所へ逃げる
  遠くへ逃げても津浪に追付かる
 常に近く高い所を用意して置け
       昭和九年三月  

地元ボランティアガイドの道案内で廻った。

津波モニュメントとして保存が決まった「たろう観光ホテル」・3種の防潮堤・仮設避難住宅・田老第一中学は一番最後の映像。 映像クリックで拡大
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宮古市制作のパンフレット
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印象に残ったボランティアの言葉

お陰さまで私どもは今は元気に暮させて頂いております、全国の皆様からご支援を篤くお礼申し上げます。
田老には3種の防潮堤防があるがこれがある為に避難が遅れたとの説もあるが少なくとも津波襲来を遅らせた効果はあった。
死者・行方不明者は防潮堤の外に家がある人や避難後に再度家に戻った人に多くが発生している。
田老第一中学では地元出身の用務員の避難マニュアルの校庭では駄目だ、山へ逃げろとの指示で全員が助かった。
田老第一中学では日頃から「自分の命は自分で守れ」との防災教育がなされているが今回も生徒自身だけでなく避難してきた老人や幼稚園児を率先誘導して山へ登り、被害を食い止めた。
この善行は数日後幼稚園児が親に中学のお兄ちゃん・お姉ちゃんに助けられたと漏らして、初めて公になった。
「海より低い場所に家を建てるな」との教訓は今回も守られず、防潮堤の外の人の被害が甚大である。
田老は今は田んぼの田に老と書いているが昔は多老だった、津波などが多いに通じ、縁起が悪いと田に変えられた。

東日本大震災における津波対策の効果に関する実態について~宮古市田老地区の報告~(財)消防科学総合センター研究員小松幸夫

田老地区の津波被害
明治三陸地震 明治29 年(1896 年)6 月15 日 人口3,745 人 死者・行方不明者数1,859 人 0.50%
昭和三陸地震 昭和8年(1933 年)3 月3 日    人口5,120 人 死者・行方不明者数911 人 0.18%
東日本大震災 平成23 年(2011 年)3 月11 日 人口4,434 人 死者・行方不明者数185 人 0.04%
(注)人口については、明治三陸地震は明治22 年現在、昭和三陸地震は昭和7 年現在(当時の残っている記録で一番近い数字)。東日本大震災は、平成23 年3 月1 日現在。

田老地区における従前からの津波対策(防災教育・啓発)
田老地区ではそもそも防潮堤は津波を完璧に防ぐものでなく、避難の時間を稼ぐものとして位置づけられ、様々な啓発を行ってきた。
特に、平成16 年に完成した津波シミュレーションでは、明治三陸津波等を想定した津波が防潮堤を乗り越えてくる映像を再現し、住民説明会等で公表された。
さらに、この津波シミュレーションを活用して、自治会などを対象にした町歩きやワークショップを行い、住民を中心としたハザードマップづくりを行ってきた。

防潮堤は、昭和8 年3 月3 日に発生した昭和三陸津波を契機に建設が進められ、昭和32 年度までに1,350mが完成した。
明治三陸津波のときの波高15mよりも低い高さは10mで、津波が防潮堤を超えることを前提として、湾口に対して直角に防潮堤を造り、沢沿いに海水を受け流す(緩衝地を設ける)ことで避難する時間を稼ぐとともに、減災することを目指した。
その後、昭和35年のチリ地震津波を契機としてつくられた第2、第3 の防潮堤は湾口に対し並行に造られ、二重の防潮堤はX字型に完成し、総延長2,433mの大防潮堤となった。
また、昭和8 年から市街地は碁盤目状の道路整備を行い、町内どこにいても山に向かって真っ直ぐ避難できるような町並みと
なった。また、交差点の隅切りにより見通しを改善し、安全に避難できるようにした。
避難路や誘導標識の整備も進め、特に近年では、停電時でも、夜間に目印になることを想定して、太陽光発電式照明灯などを整備した。
その他、昭和三陸津波から70 年目の節目である平成15 年3 月3 日に「津波防災の町宣言」を行っている。防潮堤があっても津波が越えてくるかもしれないというイメージを持ってもらうことに加え、「防潮堤等のハードにおごるな」、「教訓をいつまでも引き継いでいこう」ということを込めた内容となっている。

岩手県宮古市の重茂(おもえ)姉吉(あねよし)に建つ「大津浪記念碑」(IBC岩手放送が幾歳経るとも要心あれとのタイトルで放送し、第38回放送文化基金賞番組部門テレビドキュメンタリー番組の最高賞と なる「本賞」に選ばれた)
縦約1.5メートル、横約50センチの石に下記の文字が刻まれている

高き住居は児孫の和楽  想へ惨禍の大津浪  此処より下に家を建てるな
明治二十九年にも、昭和八年にも津浪は此処まで来て 部落は全滅し、
生存者、僅かに前に2人後に4人のみ 
幾歳経るとも要心あれ

今回の大津波もこの碑の下で止まった。
by hoshigarasu2 | 2012-08-28 18:20 |

8/23~26日 がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間⑥-8

浄土ヶ浜海岸                                                                      映像クリックで拡大  
                    4時36分 遠くの明かりは漁船                          4時49分が日の出の時間だが見えず
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                    5時8分                                      5時31分c0183777_7474018.jpgc0183777_748071.jpg
浄土ヶ浜パークHロビーから        6時6分                                   6時17分c0183777_750352.jpg    c0183777_75095.jpg
8時36分から浄土ヶ浜クルーズ(地震直後に船長の機転で沖合に船を出し、無事だった観光船に乗った)から                c0183777_7524956.jpgc0183777_73668.jpg     

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9時40分バス車窓から
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by hoshigarasu2 | 2012-08-28 17:56 |

8/23~26日 がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間⑦-8

田野畑ー久慈駅間で一部開通した三陸鉄道北リアス線ワンマンカーに1時間余りの乗車体験した。
事前予告通りに3回ほど景勝地では車両を止めてくれた、予告通りトンネルが多かった。                                     途中には津波に壊された防潮堤や建物が流された跡などが数カ所残っていた。                            映像クリックで拡大
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北リアス線の田野畑ー宮古は2年後に全面復旧が見込まれ、釜石から盛りまでの南線は時期は未定だが復旧が決まった。
復旧がどの程度進んだか2年後に再度、訪ねてみたい。
by hoshigarasu2 | 2012-08-28 06:26 |

8/23~26日 がんばろう!東北 フェリーで行く買い出し・応援ツアー4日間⑧-8

龍泉洞で世界有数の透明度を誇る地底湖などを見学した。                                          映像クリックで拡大
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by hoshigarasu2 | 2012-08-27 09:52 |

「銭湯絵師中島盛夫さんの仕事」札幌菊水元町「湯めらんど」 0820

「銭湯絵師」中島盛夫さんが本栖湖からの富士山を描かれたさまをお許しを得て撮らせていただいた。
4年前に描かれた大沼と駒ヶ岳の上に時々離れて全体を確認はするが下書き無しでローラーと筆でドンドン描いてゆかれた。
最後に2012.8.20ナカジマと署名を入れて完成した。
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3時間の格闘で汗だくになりながら完成、見学者から拍手が沸いた。
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午前中に完成していた「赤富士」 入浴時に見て栄える様に描くんだとおっしゃる中島さんのアドバイスで湯船内から撮った。
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 中島盛夫さんのホームページ
by hoshigarasu2 | 2012-08-20 19:45 | スナップ

第26回高島漁港納涼大花火大会 0819

    追善者・施主名と打ち上げ理由がその都度アナウンスされる小樽市高島漁港の追善供養花火を今年も見てきた。

    高島は「忍路、高島及びもないがせめて歌捨、塩谷まで」と江差追分にも歌われたかってのニシン千石場所の一つで、
    新潟、石川、福井、山形、秋田、青森などからの移住者が多い。
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   今年初めて虫の声を聞きながら、会場入口で若干の金子を奉納をしてから高島漁港の会場に赴いた。
   漁港船着き場では遠くに小樽港の明かりが見え、天空の雲の合間から星も顔を出していた。
   海風に運ばれてくる潮と花火の噴煙の香りが心地よい。
   天空を覆い尽くす花火はごく近くまで星の残り火を降らせて、怖いくらいだった。
by hoshigarasu2 | 2012-08-20 07:15 | イベント


極私的写真日記帳


by hoshigarasu2

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