早春の伊豆半島と白銀の富士山絶景ドライブ旅3日間 ① 2月22日

右手前が支笏湖、その先の真っ白な山が蝦夷富士―羊蹄山    警備強化で手荷物検査に長々蛇の待ち行列、離陸が約1時間遅れた。
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真ん中が木曾の御嶽山
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富士山
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清水港で駿河湾ミニクルーズ
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世界遺産 三保の松原

名勝「三保松原」は駿河湾に突き出た三保半島の海岸線に沿って7kmにわたり5万4千本のクロマツが茂る松原です。
雄大な富士山を臨む景観は古来から文学や芸術の題材として愛でられてきました。
『東海道名所図会』にも描 かれているように、往年は半島全体が松におおわれ、清水湊をはさんでのぞむ姿は、さながら海に浮かぶ松の島のようだったといいます。
また、謡曲「羽衣」にもこの地が謡われており、天女伝説ゆかりの「羽衣の松」があり、毎年10月には薪能も催されています。
初代の羽衣の松は宝永4年(1707年)の富士宝永山噴火の際に海中に没したと伝わっていますが、二代目の羽衣の松も樹齢650年を越えて衰弱が激しく、現在は三代目の元気な松に世代交代をしました。
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三島大社

御創建の時期は不明ですが、古くより三島の地に御鎮座し、奈良・平安時代の古書にも記録が残ります。三嶋神は東海随一の神格と考えられ、平安時代中期「延喜の制」では、「名神大」に列格されました。社名・神名の「三嶋」は、地名ともなりました。

中世以降、武士の崇敬、殊に伊豆に流された源頼朝は深く崇敬し、源氏再興を祈願しました。神助を得てこれが成功するや、社領神宝を寄せ益々崇敬することとなりました。この神宝の中でも、頼朝の妻、北条政子の奉納と伝えられる 国宝「梅蒔絵手箱 及び 内容品 一具」は、当時の最高技術を結集させたものとして知られています。

頼朝旗揚げ成功以来、武門武将の崇敬篤く、又、東海道に面し、伊豆地方の玄関口として下田街道の起点に位置し、伊豆国 一宮として三嶋大明神の称は広く天下に広まっていきました。

その後、明治4年の近代の社格制度では、官幣大社に列せられています。又、平成12年には、御本殿が重要文化財に指定され、当社の文化的価値の高さも再認識されています。
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三島ウナギ「御殿川」
店名である三島の湧き水“御殿川”の源流は富士山の雪解け水です。この名水で仕込んだ古式手作り醤油を使った秘伝のうなぎのタレで、香ばしくふっくら焼いた三島名物鰻料理を始め、地元駿河湾の生しらすや生桜えび料理、地魚を使った刺身や天ぷらなど、伊豆の名物料理が自慢です。
薄味で美味しかった
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by hoshigarasu2 | 2017-02-27 09:28 |


極私的写真日記帳


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