四国9名城巡り ②-1 高松城・丸亀城 0411

史跡高松城跡
玉藻城とも呼ばれるが万葉集で柿本人麿が讃岐の国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、このあたりの海が「玉藻の浦」と呼ばれていたことによるといわれている。
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天守閣跡
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天守閣跡から高松港を望む
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丸亀城 
亀山城または蓬莱城ともいわれ、市内の亀山に生駒氏によって築かれたものである。
生駒親正は天正15年(1587)播州赤穂から17万6千石の領主として讃岐に入り、高松城を築き、次いで西讃の鎮めとして慶長2年(1597)から丸亀城の築城にかかり、同7年(1602)に完成したが、その後一国一城令により廃城となった。
生駒家四代の後、肥前国天草郡富岡城主から寛永18年(1641)入城した山崎家治が翌年から修築に取りかかり、現代の城郭はほぼこの時代のものである。
高さ日本一の石垣に鎮座して400年の歴史を刻む丸亀城、「石垣の高さ、美しさ」から、(財)日本城郭協会が選定した「日本の100名城」にも選ばれ、花見や散歩など市民の憩いの場として親しまれています。
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天守閣から瀬戸大橋・尾道方向を望む
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by hoshigarasu2 | 2016-04-16 06:54 |


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