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横浜・釧路・サハリンから小樽へ立ち寄ったダイヤモンドプリンセス号で来た友人夫妻と小樽散歩 0713

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旧日本郵船小樽支店

日露講和会議(1905=明治38年9月4日)はアメリカ東部の港湾都市ポーツマス近郊のポーツマス海軍造船所で行われ、日本全権小村寿太郎(外務大臣)とロシア全権セルゲイ・Y・ウィッテの間でポーツマス条約が調印された。
ポーツマス条約によりロシアから日本へ、樺太の北緯50度以南が割譲された。

明治40年度の国境線画定の作業の進め方について、日露両国が協議した樺太国境画定会議が1906(明治39)年11月13日~21日の間に4回、ここの2階で行われた。
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海陽亭

1896年(明治29年)に開業した北海道内で最古と云われる有名な料亭で、小樽市の「歴史的建造物」に指定されている。
名称は、創業期の「魁陽亭」から「開陽亭」に変わり、さらに現在の「海陽亭」となり、120年ちか現在も営業を続けている。
2階「明石」の間は明治29年の建築当時の姿をそのままに残す160畳敷きの大広間で、高欄越しに日本海(石狩湾)を望む景色も格別である。

92歳の現役名物仲居さんからたっぷり聞いた。
2階「明石」の間での明治39年11月の樺太国境画定会議後の宴会の模様、ここに宿泊した伊藤博文が使った布団、ここを利用した原敬、田中角榮、渋谷栄一、井上靖、松本清張、大山康晴,双葉山,アランドロン、石原裕次郎・慎太郎など政財界人・文化人・力士・俳優など各界の著名人達の色紙などを紹介された。

舞鶴への新日本海フェリーはまなす号(16,810トン)の奥に友人夫妻が乗ってきた巨大なダイヤモンドプリンセス号(115,875トン)の英姿を確認してから,一階小座敷で予約しておいたランチ(松花堂弁当・吸物・ 香の物・デザート)で老舗の味を賞味した。
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おなじみの小樽運河をいつもの場所から撮った。
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18時に函館に向け出港するダイヤモンドプリンセス号を、札幌への快速列車エアポート号座席から撮影した。
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by hoshigarasu2 | 2015-07-14 07:59 | スナップ


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