豊平緑のセンター 0309

吹雪の合間に豊平緑のセンターを訪ね、梅の事を聞きについでに花を撮らせて貰った。
友人のブログ「万葉遊楽」の梅の記事に刺激されての訪問だった。

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白梅と紅梅の違いは枝(幹)の断面で判断する。
白い花が咲いても、枝の断面が紅色なら紅梅である、その逆に、紅色の花が咲いても、枝の断面が紅色でないと紅梅ではありません。

一番きれいな梅の花は最初に咲く花=一番花である、大きさと色の鮮やかさが二番以下に比べ数段上回る。

中国では殷から春秋にわたる各地の民謡を収録した「詩経」にウメの言及がある。
日本では古事記、日本書記にはウメの記載がなく、懐風藻の「春日、鶯梅を翫す」が最初である。
万葉集に出てくる花木は1位がハギ141首、梅が118首で2位、桜は44首にとどまる。
しかもウメの歌はは飛鳥時代にはなく、奈良時代に集中している。

梅は中国から遣隋使・遣唐使から花木とその楽しみ方を持ち帰ったようだ。
白梅は700年頃に中国からもたらされたとの説がある。
平城京の大宮人はウメをわが屋戸、わが苑の主木とし、大伴旅人が創始した「梅花の宴」(730年)にならい
わずか40~50年の間に唐にならった観照と培養の両面が定着したと推測される。
平安遷都にあたり、紫宸殿の南面には右近の橘、左近の梅が植えられた。
しかし、そのウメは40~50年後には桜に変わった。

古今和歌集収録の「ウメ」はわずか29首にとどまった。
しかし梅花への愛着は紅梅の参入をうけて、紅梅主白梅従の関係で根強く踏襲された。
菅原道真が居宅を「紅梅殿」とよび、続日本書紀と日本三大実録には紅梅文字が載り、枕草子、徒然草にも登場する。
by hoshigarasu2 | 2013-03-10 19:59 |


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